純度
- yasuyo

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先日、ある友人を通じて作家の大先輩とお話をする機会に恵まれました。どんな経緯で作家をされることになったのか、昔テレビの業界で働いていた時の話など聞かせてもらいました。
「群れないことだよ。」
と80代とは思えない凛とした姿でおっしゃった言葉がとても印象的でした。
カフェを出て帰りの駅まで一緒に歩いて帰りました。
「でもね。あの徹夜で働いていた時のほうが今よりもいいものを作っていた気がするよ。余計なことを考えないからね。手をとめないことだよ。」 並んで歩きながら彼は優しく言いました。
「それって純度が高いということかもしれないですね。」
先生のことばを聞いて私の頭に浮かんだ言葉は純度でした。
あれから二ヶ月が経ち、ずっと純度について考えていました。
ランナーズハイのような感覚だろうか、それとも約束時間に間に合うかどうかの状態で走っている時のような感覚だろうか。
一見、彫り続けるという言葉からランナーズハイのようなものだろうかと考えていたのですが、後者の追い詰め凝縮し密度の高い純度のようにも思えるのです。

昨日納品したサーカスの制作はアトリエに眠っていた作品をリメイクしコラージュのように組み合わせて制作しましした。2月は漆を始めたこともあり作業工程上でなかなかまとまった時間がとれず、わずか三日間の制作でした。
その制作中、余計なことを考えている暇などありません。
脳がカッカしているような、脳が喜んでいる感覚でした。
それは心で感じたのではなく脳が感じているとも言えます。
今までもっとジックリと制作する時間がほしい。
そうすればもっといいものができるのに。
私は時間があればいいものができると錯覚を起こしていたのかもしれません。
今回サーカスの制作をしてみてハッと気づかされました。
そして帰り際に先生がおっしゃっていたことが漸く腑に落ちたのです。
余計なことは考えないとは、「研ぎ澄ますこと」
こう見られたい、流行など日常では時々頭をよぎるけれど、いざ制作に入ると、その一切を捨てて彫る。
そうなれたらいいなと思うのでした。




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